コース2妹背山を望む

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慈尊院

空海の母が没した地と伝えられ、空海はその廟所に弥勒菩薩像を安置したとされています。「女人高野」ともいわれ、有吉佐和子の小説「紀ノ川」にも安産祈願の乳形を奉納する寺として描かれており、現在もその信仰は続いています。

慈尊院は空海が高野山を開山したおり、山麓の拠点として開かれ、以来高野山の発展とともに整備されてきました。別に「高野政所」とも呼ばれ、高野山が持っていた寺領の支配拠点でした。
寺院内の弥勒堂(国重文)は鎌倉~室町時代の建築で中に木造弥勒座像(国宝)が安置されています。

なお、弥勒堂は文明年間(1469~87)に水害を予測して、現在紀の川河川敷となっている嵯峨浜北方付近から堂のみを現在地に移したと伝えられています。

築地塀(県指定文化財)は文明年間に移転後に築造されたもので北門(県指定文化財)とともに「高野政所」存在当時の形式を残しています。寺内では、寛永元(1624)再建の多宝塔(県指定文化財)があります。

 平成29・30年度文化庁文化芸術振興費補助金

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