コース9雄ノ山峠から布施屋へ

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和歌山市エリア, おすすめ, 遺跡

名草駅家推定地

南海道と雄ノ山峠から南下する道との交点付近は古代交通の要衝地で南海道名草駅家が置かれました。名草駅家の所在地点も萩原駅家と同様に明確ではありませんが、周辺には山一遺跡、吉田遺跡など名草駅家が置かれた時期に重なる遺跡が点在しています。『日本後記』弘仁3年(812)には「紀伊国名草駅を廃し、さらに萩原駅を置く」とあり、この頃、名草駅家は廃止されたようですが、新たに萩原駅家が置かれたことが判ります。承和12年(845)の那賀郡司解(下級官庁から上級官庁へ出す書類)に「萩原村野田」の地名が見えることから、かつらぎ町萩原集落周辺に想定されている萩原駅ではなく、交通事情の変化から名草駅家周辺に駅家が造り直されたとする考えが支配的です。

 平成29・30年度文化庁文化芸術振興費補助金

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