コース2妹背山を望む

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丹生都比売神社

神社の祭神は丹生都比売神といいます。丹生都比売神は神功皇后が新羅に出兵した際に皇后にお告げを与えました。それにより呪術力のある赤土を得た皇后は勝利したので、「紀伊国管川藤代之峯」(現高野町筒香)に鎮座という伝承が残されています。この赤土とは硫化水銀のことで、神社はこの採掘や生産にかかわる丹生氏の氏神としての性格や、筒香が丹生川の水源に当たることから水分の山神の性格が考えられます。
平安時代の文書では丹生都比売神はイザナミ・イザナギ両神の子で、天照大神の妹にあたり、「紀伊国伊都郡奄太村石口」(現九度山町慈尊院)に降臨し、紀伊・大和両国に水田を開いた後に天野の里に鎮座したと伝えています。

空海の高野山開創に伴って、丹生神は高野山との関係を深めていきました。10世紀頃成立の伝承では空海が丹生神から土地を譲られたとするものと、高野明神に高野山を案内され、そこで丹生神から土地を譲られたとするものがあります。

高野明神は狩場明神とも称し、丹生神の子どもになる神とされ、この神が猟師に姿をかえて白・黒2頭の犬を連れて空海を案内したとされています。2神が高野山の守り神として信仰され、のちに高野山を復興した雅真によって、天徳元年(957)に高野山に明神社(御社)が創建されました。
春日造の本殿(国重文)は、文明元年(1469)再建の2棟を中心に4棟が並び、二重入母屋造の楼門(国重文)は、明応8年(1499)に再建されたことが分かっています。

 平成29・30年度文化庁文化芸術振興費補助金

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