コース12大崎の湊

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海南市エリア, おすすめ, 万葉故地

大崎

下津湾の支湾である大崎の地は、湾口が山に囲まれて南を向き、北西に開く下津湾よりも風を避けるため、小型船の時代には優れた係留の地であった。古代から船出の地として知られている。口が山に囲まれて南を向き、北西に開く下津湾よりも風を避けるため、小型船の時代には優れた係留の地であった。古代から船出の地として知られている。

石上乙麻呂いそのかみのおとまろが罪を得て、土左国(高知県)に島流しの刑に処せられて、奈良の都から土左へ向かう時の歌が万葉集に残されています。

 石上いそのかみ ふるみことは 弱女たわやめの まとひにりて  馬じもの 縄取り付け 鹿ししじもの 弓矢かくみて 大君の みことかしこみ  天離あまざかる 夷辺ひなへまかる  古衣ふるごろも 又打山まつちやまより 帰り来ぬかも

(巻六、一〇一九)

 大君おほきみの みことかしこみ  さし並ぶ 国に出でます はしきやし 我が背の君を かけまくも ゆゆし畏し  住吉すみのえの 現人神あらひとがみ 船のに  うしはきたまひ 着きたまはむ 島の崎々 寄りたまはむ 磯の崎々 荒き波 風にあはせず  つつみなく 病あらせず すむやけく 帰したまはね 本の国辺に

(巻六、一〇二〇、一〇二一)

 父君に 我は愛子まなごぞ 母刀自ははとじに  我は愛子ぞ のぼる 八十やそ氏人うぢひとの  手向たむけする  かしこの坂に ぬさまつり  我はぞ追へる 遠き土左道とさぢ

(巻六、一〇二二)

 大崎の神の小浜はせばけども百船人ももふなびとも過ぐといはなくに

(大意)大崎の神のおわします小浜は狭い浜ですが、多くの船(船人)はここに立ち寄らずに通り過ぎることはありませんのに。(私は立ち寄ることもなく通り過ぎていくことだ)

(巻六、一〇二三)

 平成29・30年度文化庁文化芸術振興費補助金

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